歌舞伎界の中でも屈指の名門と言われ、多くのファンを持つ中村隼人(なかむらはやと)さん。
そんな中村隼人さんの家系が気になっている方も多いのではないでしょうか?
名門・萬屋一族は、一体どのようなルーツを持っているのかも気になるところです。
そこで今回の記事では、
中村隼人さんの家系図は?
中村隼人さんと名門・萬屋一族のルーツとは?
主にこの2つに触れていきます。
それでは、早速本題に入っていきましょう!
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中村隼人の家系図を解説!

出典:Instagram
歌舞伎俳優・中村隼人さんは、屋号「萬屋」の当主として現役で活躍されています。
ここではその家系図についてリサーチしていきます。
中村隼人さんは1993年11月30日生まれで、父は二代目中村錦之介(なかむらかんのすけ)さん、祖父は四代目中村時蔵(なかむらときぞう)さん、大叔父には映画やテレビで大活躍した萬屋錦之介(よろずやきんのすけ)さんが名を連ねています。
歌舞伎俳優としての家系が連綿と続いており、まさに梨園の申し子といえる存在です。
歌舞伎俳優名鑑「歌舞伎美人」の公式データベースでは、中村隼人さんの屋号が「萬屋(よろずや)」、定紋が「桐蝶(きりちょう)」と記載されています。
同サイトには「1993年11月30日生まれ。中村錦之助の長男。2002年2月歌舞伎座『寺子屋』の松王丸一子小太郎で初代中村隼人を名のり初舞台」と明記されています。
なお、「中村隼人」名義は屋号「萬屋」一門に属する芸名で、2015年1月に名題(なだい)へ昇進されています。
中村隼人さん本人のInstagramアカウントでは、「歌舞伎俳優 中村隼人です」と自己紹介されています。
1993年11月30日生まれ。中村錦之助の長男。2002年2月歌舞伎座『寺子屋』の松王丸一子小太郎で初代中村隼人を名のり初舞台。
二代目中村錦之介さんを父に、四代目中村時蔵さんを祖父に持つ中村隼人さん。
歌舞伎界の名門一家に生まれ、9歳の時から歌舞伎座の舞台を踏まれてきたとのことでした。
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中村隼人と名門・萬屋一族のルーツとは?

出典:Instagram
歌舞伎界で「萬屋」と言えば、由緒ある屋号の一つです。
ここでは中村隼人さんが属する萬屋一族のルーツに迫ります。
「萬屋」という屋号の歴史は比較的新しく、1971年10月に初代中村錦之介さんらが、それまでの「播磨屋」から独立する形で立ち上げました。
屋号の由来は、三代目中村歌六(なかむらかろく)さんの妻の実家が経営していた芝居茶屋の名前とされています。
刀剣ワールド公式サイトでは、「萬屋」の屋号の成立過程について、次のように解説されています。
従来、三代目中村時蔵から始まる小川家は、「播磨屋」を屋号としていました。1971年10月、中村錦之助らが小川家で独自の一門を興すことを宣言し、屋号を「萬屋」に、定紋を「桐蝶」に改めました。
翌1972年には芸名を「中村錦之助」から「萬屋錦之介」へと改称しています。
中村隼人さんは屋号「萬屋」、定紋「桐蝶」の組み合わせを継承されているとのことでした。
1971年(昭和46年)10月、中村錦之助らが小川家で独自の一門を興すことを宣言し、屋号を「萬屋」に、定紋を「桐蝶」に改めました。
いわば萬屋一族のルーツは、「歌舞伎界から映画界へ」という前代未聞の転身を成し遂げた初代萬屋錦之介さんが切り拓いたのですね。
中村隼人さんもまた、父や祖父から受け継いだ歌舞伎の芸を受け継ぎ、現代の舞台で新たな萬屋の魅力を発信されています。
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まとめ
今回は、中村隼人さんの家系図、名門・萬屋一族のルーツについてお伝えしました。
中村隼人さんは、屋号「萬屋」の当主であり、父は二代目中村錦之介さん、祖父は四代目中村時蔵さんと、代々歌舞伎界で活躍する名門一族の出身でした。
萬屋一族のルーツは、1971年に初代中村錦之介さんが播磨屋から独立し、屋号「萬屋」を興したことに始まります。
歌舞伎の芸を継承しながら映画やテレビへ進出した初代萬屋錦之介さんの精神を受け継ぎ、中村隼人さんは歌舞伎だけでなくドラマやCMでも幅広く活躍されています。
中村隼人さんは現在も公式SNSで情報を発信されており、Instagramアカウントは「@1130_nakamurahayato」です。
今後のご活躍にも、ぜひ注目していきたいですね。
それでは、ありがとうございました!

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